ryudo

近現代史がすきなミーハー

かにこうせん

小林多喜二の『蟹工船』を読みました。

作品についても、作者についても知っていることはいろいろあったのですが、そのものを読んだことがこれまでありませんでした。すこし前に映画化したときは、すきな俳優さんがでていたこともあり観たいなあとおもっていたのに、しんどそうだなと避けていました。そのままズルズルきてしまっていた作品を実際読むきっかけを得ただけでも文アルに触れられてよかったなとおもいます(最近学級会などで食傷気味ですが)。

 

さて、読んだ感想としては、長年想像を膨らませていたよりもさっぱりした終わりかたで救いがあったなあ、というところ。

読んでいる間は、閉塞感と生々しさ、文字からにじみ出てくるようなにおいにヒエッとおもいながら読んでいたのですが、なるほどおもしろいんですよねえ。これだけ魅力的で、力を持っていたから……、とおもうとなんともいえませんが。

このところ読むひとが増えている、というのにもなんとなく納得。方法はどうであれ、先のみえにくい息苦しさを打ち破るチカラが秘められているように感じられました。

 

パソコンの画面で読んでいたのですこし、読みにくかったところもあったので紙の本もてにとってみたいです。

 

 

2018年3月20日読了

小林多喜二蟹工船

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しせい

年明けに友人といっしょに芦屋の高浜虚子記念館と谷崎潤一郎記念館にいく約束をしたので、これを機に谷崎さん読むぞ! とおもったらよいタイミングで文アル読書会さんの課題図書に『刺青』が、ということで読みました。

勝手に中~長編だとおもっていたのですが、短い作品だったんですね。谷崎潤一郎作品という先入観とは裏腹にするっと読めてしまいました。


いやあもう、墨をいれる描写がなまめかしいったらないですね。「娘」が最後「女」になってるのにうわあってなりました。いい意味で。

耽美主義ときたら、まっさきに名前があがるのも納得。オスカーワイルドのドリアングレイを読んだときは、若さや、美しさという無形ではかないものに対する執念みたいな人間的なものが、とてもきれいなものを描くことを通してあらわされているのがおもしろくてヒャーってなったのですが、今回はまた違った印象。

きれいなものはものすごくきれいだし、神秘的で遠いもの。手は触れれるけれど、掴むことはできない。それを愛でる側の人間は、その美しさを高めるために身をささげることしかできない。そして、それがなによりも幸福である、みたいな。

 

これを書きながら絶賛『卍』を読んでいるのですが、これがまたすごいなあ。すごいおもしろい。でも、谷崎潤一郎の名前に付随しているイメージとしてはこれこれってなっていたりも。とてもおもしろいです。

 

 
2017年11月21日読了
『刺青』谷崎潤一朗

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ぼっさんとあめ

若山牧水の『なまけ者と雨』を読みました。春はあけぼの形式で、牧水さんの「こんな雨がすき」「雨のこんなところがすき」が書かれた文章。なんだかとてもかわいかったです。文アルのぼっさんのイメージに納得してしまいました。

 

自分の中の牧水のイメージといえば、いくつかの短歌と、堺雅人さんがすきで読んだ『ぼく、牧水! 歌人に学ぶ「まろび」の美学』と文アルくらいという貧相なものでしたが、今回はじめて本人の手による文章を読んで感じることがたくさんありました。うまく文章にはできないだろうけど。とりあえず、堺さんがすきなのわかる。すごいかわいい。

わたし自身雨がすきで、ちょっとしたお話を書くときなんかは雨を降らしてしまいがちなんですが、牧水の豊富な語彙や三十一文字に凝縮された情景にすごいこんな表現の仕方があるのか! とすこしまた賢くなったきもちです。
けれど、どうあがいても語彙力のないおたくなので、すきなものにであうと口からでることばは全て「かわいい」に凝縮されてしまうので、読んでいる間ずっとかわいいの妖怪でした。

とりあえず、牧水の文章をや短歌にもっと触れてみたいなあとおもったので、この記事をあたためているあいだに『酒と歌』も読んでみたり。やっぱりとっても愛嬌のある文章なんだよなあ。

 

 

 

2017年11月8日読了

『なまけ者と雨』若山牧水

『酒と歌』若山牧水

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いりえのほとり

文アル余裕派イベントにそわそわしています。こんにちは。なんだこの花婿力は。そして、新文豪の坪内逍遥。たのしみですね。どちらも確定報酬っぽいのが最高ですね。しおりで潜書系の新文豪を引き当てられた記憶がないので、ほんとうに……、うれしい。

さて、そんな引き当てられなかった文豪のひとり、正宗白鳥の作品が読書会の課題になっていたので読みました。ビジュアル公開からずっとガッチャマンのイメージが抜けなくて困っています。

正宗白鳥著『入江のほとり』を読みました。

 

名前のついた登場人物が多い短編に対する適応能力が著しく低いわたくしですが、最初こそ混乱したものの、後半にかけてはでてくる名前もすくなくなり落ち着いて読めました。なんの自慢にもなりませんが。


読んでいるあいだずっと「このときの辰男のきもちを答えなさい」「このときの栄一の気持ちをあらわすことばを抜き出しなさい」みたいな、学校の現代文の試験のようなナレーションが脳内で流れ続けていて、なんだこのきもちは! すごく定期試験ででそうな気がする! となっていました。なんでかなあと考えたときにおもいついたことが、3つありました。1つ目は、心理描写がとても丁寧であること。2つ目は、エンターテイメント作品ではない中で、日常のことが描かれていること。3つ目が、いまの感覚からするとちょっと難しいことばが使われていること。現国の問題ってこういう作品が出題になってることが、多かったような気がするなあなんてことを考えていました。

2つ目の日常のことが描かれているというところ至って、あ! 自然主義やな知ってるで、としたり顔になりながら以前よんだ徳田秋声の『新世帯』のことをおもいだしてみたりもしたり。

ryudo.hatenablog.jp

こっちの方がすきかな、とかいう程度の低い感想がでてきたので"Why?" と自分の中のアメリカンな部分に問いかけてもらったのですが、うまく答えはだせず。もしかしたら、学問と生活について書かれているところが琴線に触れたのかもなあとか。もうすこし、頭のよさそうな感想や文章が書けるようになりたいです。それこそ、自分だけで満足している辰男の英語のようなブログですよね。まあ、なにもしないよりはまし。そういうことですかね。

 

ryudo.hatenablog.jp

 

2017年9月4日読了

『入江のほとり』正宗白鳥

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ひな

文アル読書会さんはすごくすてきな企画だなあと、『新世帯』を読んで以降全然参加できてないやないか! と読書会さんのツイプロに載っている過去の開催歴をみながらおもっていたら第3回の『雛』は開催当時読んだのでは? あれ? どこにも感想を書いてないぞ? となったのであらためて読み返しながら、ブログの編集画面に向かっています。

と、いうことで芥川龍之介著『』を読みました。ちなみにうちの図書館には芥川さんいません。ぜんぜんきません。

 

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 これは或老女の話である。
と伝聞形式で語られるひとつの家族と雛人形のお話でした。きれいな女性のことばで語られるその生活や想いがすごく自然で、土蔵のなかで明かりとひとの影がゆらゆらと揺れているのがみえるようでした。
新しい文化や価値観が怒涛のように押し寄せた時代。桐箱に入れられ大切に継がれ、はなやかに節句を飾ってきた雛は、どこかに売られぞんざいに扱われてしまうのかもしれない。ぼんやりと行灯が照らしていた土蔵のなかは、ランプによって眩しすぎるくらいの光に満たされる。
歴史を勉強していく中で、日本はあたらしいものを受け入れるのがうまい国だなと感じていました。受け入れて、ローカライズしてみたり、いままで自分たちがもっていたものとミックスしてみたりしたり。でもその中で、やはり葛藤もあれば、時代に取り残されてしまうものも確実に存在しているし、そのことがなんとも寂しいものでもあるんだなあ。そんなことを、読みながらつらつらと考えてしまいました。
これが書かれた大正12年(1923年)は、大政奉還から60年近くあと。日本はその半世紀の間に急速に近代化し、日清戦争日露戦争で他国との大きな戦争を経験しました。そんな時代の大きな転換点に揺れる国を、ひとつの家族というちいさな単位に置き換えられ身近なものとして描かれたお話しなのかなと感じました。そして、この話を書くことで、芥川龍之介がなにを読者と共有したかったのか。最後に添えられた、彼のことばを繰り返し読みながら、おもいをはせてみたり。

 

ryudo.hatenablog.jp

 

『雛』芥川龍之介
2017年1月24日読了

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ほういちのはなし

パソコンをつける気力がない日々をすごし、文アルの新文豪確保のチャンスを見送りつづけていたんですが、祝! アプリ化! そして、川端先生と安吾さんを確保するために戻ってまいりました。しかし、ゲットならず! この記事を下書きにしたまま白鳥さんチャレンジも個人的には終了し、しょんぼりしております。課金は虚子さんが来たときに備えておくのですよ…… わたしよ。

ひさしぶりに読書会にも参加。今回の課題作品は、アプリ化記念に実装されて、うち図書館にももれなくおいでくだすった小泉八雲著『耳無芳一の話』を読みました。

 

また、話しは知っていてもちゃんと読むのははじめてのパターンかな、などとおもっていたのですが、あれ読んだことある気がする? 国語の教科書か何かに載ってなたっけ? と記憶があっちらこっちら。
歳ばかりはおとなになって、改めて読んでみると文章のおもしろさにびっくりしました。多用される音や感覚の描写から、その場所の空気が感じられ、怖い、怖いなぁ…… おもしろいなぁ……。薄暗くて冷たい部屋の中で、その道のプロにはなして聴かせてもらえたらどれだけしあわせだろうか。そうおもうとやっぱり、伝承というのは口伝のものであるし、そのおもしろさを損なうことなく明文化した小泉八雲の功績っていうのはすごいのだろうなあと素人ながらもおもいました。

ここまで、書いて数年前の島根旅行の際にを訪れた事をおもいだしました。たまたまその存在を知り、いってみようかとなったのですが、とてもたのしくみさせてもらいました。有名な作品も多いので、いっしょだった友人も興味深くみていたようです。小泉八雲ラフカディオ・ハーンとなってないひとも多くてびっくりしていておもしろかったです。またいきたいなあ。

 

www.hearn-museum-matsue.jp

 

ryudo.hatenablog.jp

 

『耳無芳一の話』小泉八雲

2017年1月7日読了

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かんがだん

幸田露伴の『観画談』を読みました。文アルの五重塔イベントにあわせた出題だったようです。そうです。前回に引き続ツイッター文アル読書会さんの課題でした。

 

読みはじめてすぐは「一気に古典っぽくなったな……! 漢文っぽい」だったのに、読み進めていくうちに「いや、新しい文章だった」に変わっていきました。それに難しいことばが多いのにハマったのかするする読める。おもしろい……! あっという間に読みおわったぞ! と。

雨と水の描写がすごくすきです。あとそれにまつわる音。擬音語がたのしい。そして、その水の向こうにある非現実にわくわくしました。日常のちょっとした曲がり角にひそんでる不思議なもの、というのがとてもすきなのでこれがハマったのかなあといま書きながら気づきました。

 

それから、ない文学史の知識を振り絞って、

  • 言文一致
  • 自然な文章のなかに溶け込む漢文
  • でも一文がめっちゃ長かったりする(まだ朗読の文学)

やだ! すごい文学史の境目を感じるおもしろい!! ってひとりではしゃいでいました。

 

露伴先生の作品ももっと読みたい。『五重塔』すらよんだことがないのでここくらいは押さえておきたい。潜書はしてたのに読んでないなんて……! でもとりあえずは第3回読書会の課題、芥川龍之介『皺』に手を伸ばしたいとおもいます。芥川作品はさすがに何作か読んだことあるゾ。よし。

 

ryudo.hatenablog.jp

 

全ての音声がザアザアという音になる

『観画談』幸田露伴

2017年1月7日読了

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