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ryudo

近現代史がすきなミーハー

かんがだん

文学 ぶんある 読了雑感

幸田露伴の『観画談』を読みました。文アルの五重塔イベントにあわせた出題だったようです。そうです。前回に引き続ツイッター文アル読書会さんの課題でした。

 

読みはじめてすぐは「一気に古典っぽくなったな……! 漢文っぽい」だったのに、読み進めていくうちに「いや、新しい文章だった」に変わっていきました。それに難しいことばが多いのにハマったのかするする読める。おもしろい……! あっという間に読みおわったぞ! と。

雨と水の描写がすごくすきです。あとそれにまつわる音。擬音語がたのしい。そして、その水の向こうにある非現実にわくわくしました。日常のちょっとした曲がり角にひそんでる不思議なもの、というのがとてもすきなのでこれがハマったのかなあといま書きながら気づきました。

 

それから、ない文学史の知識を振り絞って、

  • 言文一致
  • 自然な文章のなかに溶け込む漢文
  • でも一文がめっちゃ長かったりする(まだ朗読の文学)

やだ! すごい文学史の境目を感じるおもしろい!! ってひとりではしゃいでいました。

 

露伴先生の作品ももっと読みたい。『五重塔』すらよんだことがないのでここくらいは押さえておきたい。潜書はしてたのに読んでないなんて……! でもとりあえずは第3回読書会の課題、芥川龍之介『皺』に手を伸ばしたいとおもいます。芥川作品はさすがに何作か読んだことあるゾ。よし。

 

ryudo.hatenablog.jp

 

全ての音声がザアザアという音になる

『観画談』幸田露伴

2017年1月7日読了

なつめせんせいとねこ

文学 読了雑感

前記事の最後で触れた、

『吾輩はウツである “作家・夏目漱石”誕生異聞』長尾剛

を読み終わりました。とてもたのしかったです。文アルのせい(おかげ)で正岡子規熱が再燃しそのまま近代文学史にずぶずぶはまっている気がするというか、事実はまっているきょうこのごろです。

 

www.php.co.jp

 

神経衰弱で飼っている猫の声がきこえはじめてしまった夏目金之助先生が文豪 夏目漱石になるまでのひと夏を残された資料や逸話を再構成して描くという趣旨だったようですが、残念ながら夏目先生についてはあまり詳しくはなく。でもそれのおかげでうれしいことに、はじめて知るエピソードばかりでふむふむととてもたのしく読め。時系列のいれかえもあったようで巻末の年表をみてまたふむふむしていました。

とてもおもしろくて、つぎは? 続きが気になるとその年表までせっせと読んでしまいました。なにより登場人物みんながすごくキュートに感じられました。鏡子さん、虎彦くん、虚子さん、先生の教え子たち、夏目先生ももちろんいうことなく。キャラクターを落として上げてっていうのがすごくうまいなあと感じました。癇癪持ちで手まで上げるやっかいな男だな夏目漱石とおもいながらページをめくると、ほんと素直じゃないんだから! となるという。

猫と金之助先生の会話がまたおもしろいんですよね。猫がやっぱり猫だからか洒脱でね。でも、すごくやさしいやつなんですよ。気配り上手でね。猫かわいいよう。いいやつだなあ猫よ。ちょっとネタバレっぽいこというと、猫に関しては最後のシーンで映画『魔女の宅急便』をみて感じたようなすがすがしさと悲しさが襲ってきて…… キキが成長してジジの声がきこえなくなったように、夏目先生にもきこえなくなってしまったんやね…… これでよかったんやね…… さびしい。猫……。

とりあえず、夏目先生周りにも愛が募ったところで、やっとみつけたほんとうの生き方の中で次次とうみだされていった物語にわたしもしっかり触れたいなとおもったのでもりもり読んでいきたいとおもいます。あっちこっちに興味が広がってうれしい悲鳴というかなんというか。パソコンの液晶に向かってマウスをぽちぽちしている時間が惜しくおもえてくるので、文アルが提供してくれたものにはまればはまるほどゲームから手が遠のいていくんじゃ…… といらぬ心配をしたところで終わりたいとおもいます。五重塔イベントはしっかり内装全部もらって露伴先生もお迎えしました。読書会課題の『観画談』も読んだのでなにかしら書きたいです。

 

図書カード:吾輩は猫である

夏目漱石 吾輩は猫である

 

『吾輩はウツである “作家・夏目漱石”誕生異聞』長尾剛

2017年1月12日読了

のぼさん

文学 読了雑感

『ノボさん 小説正岡子規夏目漱石伊集院静

を年末年始とたのしく読んでいました。

 

bookclub.kodansha.co.jp

 

歴史上の人物ですきなひとをあげて、といわれれば

と三本指を折ります。自分でも傾向がわからないのですが、けっこう長らくすきなのでこうおもい至るたびにすきなんだなあと感じます。

社会科がすきだった小学4年生のわたしは来年から歴史の授業がはじまるということでなにをおもったか「図書館にある伝記をそれまでに全部読もう」と片っ端から借りていっていました。そこで惚れ込んだのが坂本龍馬杉原千畝。このせいで大学に行ってまで国際政治を勉強することになったのですがまあそれは置いておいて、そのふたりに遅れて中学校の国語の教科書で作品に触れてすきになったのが正岡子規、ノボさんでした。

 

そんな『ノボさん』の文字が表紙に踊る上下巻に分かれている文庫本を書店の平台でみつけ、手にとったのはちょうど去年のいまごろのような気がします。「ノボさんが主役の小説があるぞ!」「伊集院静さんってよく聞くのだけれど読んだことがなかったなあ。たのしみだなあ」とほくほく連れ帰ってからまるまる1年経ちようやく読了です。

前記事でも触れた文豪とアルケミスト関連で、「正岡子規という(本人や関係者の著書や『ノボさん』のような創作物を通しての)キャラクターがすきなひとはノボさんが元気にべーすぼーるをしていればそれでしあわせ」といようなつぶやきをみたのですが本作前半を読みながら本当に「それな!」という感じでした。(だから野球青年な正岡子規をうっかりみてしまい文アルをはじめ、『月に吠えらんねえ』でけして「死なない」シキさんの登場に頭を抱えてよろこぶわけなんですよね。このこともいつか書きたいなあ)

 

とりあえず読んでの感想は、ノボさんへのすきが募った感じとなりました。本編中でも「ひとたらし」といわれたノボさんにまんまとたらしこまれました。青空の下で白球を追うノボさんがなによりもまぶしい。

歴史ものなのにすごく読みやすい……! と感動した文章もあいまってあっという間にに読んでしまったので、35年を疾走したノボさんの人生がほんとうにあっという間で「わたしも30代前半までにやったぞ! とおもえることができたらなあ」という小中学生のころの野望がひさしぶりにむっくりと頭をもたげました。こうやって小説なんか出会う人生は脚色や創作、作者の力もあるのしょうがやっぱりすごく濃密でグッと、グッと(語彙)

ノボさんが力一杯いとおしいのはもちろんなんですが、題名にも名を連ねる正岡子規の畏友 夏目金之助くんこと若かりし夏目漱石の描かれかたがとてもすきでした。ふたりの出会いから親交を深めていくのを親戚のおばさんのようなきもちで見守っていました。手紙のやりとりをみるたびに、夏目漱石は溜まってくるとまとめて燃やしていたけれど、記録魔正岡子規は出したのも受け取ったのもすべてかきとめていたっていう逸話をおもいだしてなんだかにやりとしてしまいました。岩波さんからでてる書簡集読みたいなあと強くおもう。

漱石・子規往復書簡集 - 岩波書店

 

そんな夏目くんの『こころ』の版元でもあった岩波さんの創業者岩波茂雄さんもでている本に図書館で出会って読みはじめました。おもしろいです。

www.php.co.jp

 

2016年は夏目漱石没後100年でしたが、今年は正岡子規夏目漱石ともに生誕100年(露伴も紅葉も外骨も緑雨も! 豪華だな)!! 元旦の朝日新聞にはノボさんの特集記事がありよろこびました。それに、ノボさんは記念展も全国をまわるらしいのでたのしみでしかたがありません。忘れずにみにいきたい。

 

 

『ノボさん 小説正岡子規夏目漱石』 伊集院静

上巻2016年12月28日読了

下巻2017年1月3日読了

あらじょたい

読了雑感 ぶんある 文学

文豪とアルケミストにはまりました。

 

本を読むことは子どものときからすきなことのひとつでした。でもその割、文豪といわれる方々の作品に触れることがなかったので、これはいい機会だなとマウスをぽちぽちする傍ら青空文庫さんで検索したり、国語の教科書をひっぱりだしたりしてきていました。

そんななか、ツイッター文アル読書会さんなるすてきな企画にめぐりあい、やった―参加する! よろこび勇んで課題になっていた徳田秋声の『新世帯』を読みはじめました。

いろいろ感想はあるのですが、とりあえず自分につっこみを。徳田秋声幸徳秋水がごっちゃになるなるのはどうかとおもうよ。何度が検索バーに間違えて入れて「秋声くん、天皇暗殺を企てて処刑!?」ってびっくりしているのほんとうに無駄だからね。

 

さて、詠み終わって一番にでてきた感想が「一幕劇とかでみてみたいなあ」でした。つぎにおもいをはせたのは、みずみずしく描かれた当時の風俗。何十年前に書かれたものだということを感じさせない文章と、そのことを実感させる女性への目線についてでした。まあでも、最後のことについては、いまの日本もあんまり変わったもんじゃなかったわというところに落ち着いてなんだかせつなくなりました。日本文学が怒涛の勢いで変化をつづけた時代の中でも、あまりかわらずそこに住みむひとのお腹の底の方に流れる得体の知れないものについて考えだしそうになったり。

そんな考えをとりあえず机の片隅に置き、徳田秋声といえば『自然主義』と習ったけれども、そもそも自然主義文学ってのはどういうものをいうんだろうか? 一作読んだだけじゃわからないやい! とグーグル先生に教えを乞うていたら年が明けてしまいました。あけましておめでとうございます。

でも、やっぱり説明の文章を読んでいるだけではいまいちぴんとこなかったので『あらくれ』や田山花袋の『蒲団』など有名な作品を読んでみたいなと画策しています。それがおわったら、対照的な主義のもとで書かれた作品、ロマン派や耽美派にも食指を伸ばしたい。そしてそれをなんとなくまとめたい。『新世帯』が連載されていた国民新聞というのも気になる。虚子さんがでてきたぞ。調べたい。

時間がいっぱいほしい、とおもいながら『新世帯』を読むきっかけをくれた文アル読書会さんの第2回課題作品の『観画談』(幸田露伴)を読みながら五重塔に潜る正月でした。

 

 

『新世帯』徳田秋声

 初出 明治41年

 

2016年12月27日読了