ryudo

近現代史がすきなミーハー

ぼっさんとあめ

若山牧水の『なまけ者と雨』を読みました。春はあけぼの形式で、牧水さんの「こんな雨がすき」「雨のこんなところがすき」が書かれた文章。なんだかとてもかわいかったです。文アルのぼっさんのイメージに納得してしまいました。

 

自分の中の牧水のイメージといえば、いくつかの短歌と、堺雅人さんがすきで読んだ『ぼく、牧水! 歌人に学ぶ「まろび」の美学』と文アルくらいという貧相なものでしたが、今回はじめて本人の手による文章を読んで感じることがたくさんありました。うまく文章にはできないだろうけど。とりあえず、堺さんがすきなのわかる。すごいかわいい。

わたし自身雨がすきで、ちょっとしたお話を書くときなんかは雨を降らしてしまいがちなんですが、牧水の豊富な語彙や三十一文字に凝縮された情景にすごいこんな表現の仕方があるのか! とすこしまた賢くなったきもちです。
けれど、どうあがいても語彙力のないおたくなので、すきなものにであうと口からでることばは全て「かわいい」に凝縮されてしまうので、読んでいる間ずっとかわいいの妖怪でした。

とりあえず、牧水の文章をや短歌にもっと触れてみたいなあとおもったので、この記事をあたためているあいだに『酒と歌』も読んでみたり。やっぱりとっても愛嬌のある文章なんだよなあ。

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いりえのほとり

文アル余裕派イベントにそわそわしています。こんにちは。なんだこの花婿力は。そして、新文豪の坪内逍遥。たのしみですね。どちらも確定報酬っぽいのが最高ですね。しおりで潜書系の新文豪を引き当てられた記憶がないので、ほんとうに……、うれしい。

さて、そんな引き当てられなかった文豪のひとり、正宗白鳥の作品が読書会の課題になっていたので読みました。ビジュアル公開からずっとガッチャマンのイメージが抜けなくて困っています。

正宗白鳥著『入江のほとり』を読みました。

 

名前のついた登場人物が多い短編に対する適応能力が著しく低いわたくしですが、最初こそ混乱したものの、後半にかけてはでてくる名前もすくなくなり落ち着いて読めました。なんの自慢にもなりませんが。


読んでいるあいだずっと「このときの辰男のきもちを答えなさい」「このときの栄一の気持ちをあらわすことばを抜き出しなさい」みたいな、学校の現代文の試験のようなナレーションが脳内で流れ続けていて、なんだこのきもちは! すごく定期試験ででそうな気がする! となっていました。なんでかなあと考えたときにおもいついたことが、3つありました。1つ目は、心理描写がとても丁寧であること。2つ目は、エンターテイメント作品ではない中で、日常のことが描かれていること。3つ目が、いまの感覚からするとちょっと難しいことばが使われていること。現国の問題ってこういう作品が出題になってることが、多かったような気がするなあなんてことを考えていました。

2つ目の日常のことが描かれているというところ至って、あ! 自然主義やな知ってるで、としたり顔になりながら以前よんだ徳田秋声の『新世帯』のことをおもいだしてみたりもしたり。

ryudo.hatenablog.jp

こっちの方がすきかな、とかいう程度の低い感想がでてきたので"Why?" と自分の中のアメリカンな部分に問いかけてもらったのですが、うまく答えはだせず。もしかしたら、学問と生活について書かれているところが琴線に触れたのかもなあとか。もうすこし、頭のよさそうな感想や文章が書けるようになりたいです。それこそ、自分だけで満足している辰男の英語のようなブログですよね。まあ、なにもしないよりはまし。そういうことですかね。

 

ryudo.hatenablog.jp

 

2017年9月4日読了

『入江のほとり』正宗白鳥

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ひな

文アル読書会さんはすごくすてきな企画だなあと、『新世帯』を読んで以降全然参加できてないやないか! と読書会さんのツイプロに載っている過去の開催歴をみながらおもっていたら第3回の『雛』は開催当時読んだのでは? あれ? どこにも感想を書いてないぞ? となったのであらためて読み返しながら、ブログの編集画面に向かっています。

と、いうことで芥川龍之介著『』を読みました。ちなみにうちの図書館には芥川さんいません。ぜんぜんきません。

 

twitter.com


 これは或老女の話である。
と伝聞形式で語られるひとつの家族と雛人形のお話でした。きれいな女性のことばで語られるその生活や想いがすごく自然で、土蔵のなかで明かりとひとの影がゆらゆらと揺れているのがみえるようでした。
新しい文化や価値観が怒涛のように押し寄せた時代。桐箱に入れられ大切に継がれ、はなやかに節句を飾ってきた雛は、どこかに売られぞんざいに扱われてしまうのかもしれない。ぼんやりと行灯が照らしていた土蔵のなかは、ランプによって眩しすぎるくらいの光に満たされる。
歴史を勉強していく中で、日本はあたらしいものを受け入れるのがうまい国だなと感じていました。受け入れて、ローカライズしてみたり、いままで自分たちがもっていたものとミックスしてみたりしたり。でもその中で、やはり葛藤もあれば、時代に取り残されてしまうものも確実に存在しているし、そのことがなんとも寂しいものでもあるんだなあ。そんなことを、読みながらつらつらと考えてしまいました。
これが書かれた大正12年(1923年)は、大政奉還から60年近くあと。日本はその半世紀の間に急速に近代化し、日清戦争日露戦争で他国との大きな戦争を経験しました。そんな時代の大きな転換点に揺れる国を、ひとつの家族というちいさな単位に置き換えられ身近なものとして描かれたお話しなのかなと感じました。そして、この話を書くことで、芥川龍之介がなにを読者と共有したかったのか。最後に添えられた、彼のことばを繰り返し読みながら、おもいをはせてみたり。

 

ryudo.hatenablog.jp

 

『雛』芥川龍之介
2017年1月24日読了

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ほういちのはなし

パソコンをつける気力がない日々をすごし、文アルの新文豪確保のチャンスを見送りつづけていたんですが、祝! アプリ化! そして、川端先生と安吾さんを確保するために戻ってまいりました。しかし、ゲットならず! この記事を下書きにしたまま白鳥さんチャレンジも個人的には終了し、しょんぼりしております。課金は虚子さんが来たときに備えておくのですよ…… わたしよ。

ひさしぶりに読書会にも参加。今回の課題作品は、アプリ化記念に実装されて、うち図書館にももれなくおいでくだすった小泉八雲著『耳無芳一の話』を読みました。

 

また、話しは知っていてもちゃんと読むのははじめてのパターンかな、などとおもっていたのですが、あれ読んだことある気がする? 国語の教科書か何かに載ってなたっけ? と記憶があっちらこっちら。
歳ばかりはおとなになって、改めて読んでみると文章のおもしろさにびっくりしました。多用される音や感覚の描写から、その場所の空気が感じられ、怖い、怖いなぁ…… おもしろいなぁ……。薄暗くて冷たい部屋の中で、その道のプロにはなして聴かせてもらえたらどれだけしあわせだろうか。そうおもうとやっぱり、伝承というのは口伝のものであるし、そのおもしろさを損なうことなく明文化した小泉八雲の功績っていうのはすごいのだろうなあと素人ながらもおもいました。

ここまで、書いて数年前の島根旅行の際にを訪れた事をおもいだしました。たまたまその存在を知り、いってみようかとなったのですが、とてもたのしくみさせてもらいました。有名な作品も多いので、いっしょだった友人も興味深くみていたようです。小泉八雲ラフカディオ・ハーンとなってないひとも多くてびっくりしていておもしろかったです。またいきたいなあ。

 

www.hearn-museum-matsue.jp

 

ryudo.hatenablog.jp

 

『耳無芳一の話』小泉八雲

2017年1月7日読了

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かんがだん

幸田露伴の『観画談』を読みました。文アルの五重塔イベントにあわせた出題だったようです。そうです。前回に引き続ツイッター文アル読書会さんの課題でした。

 

読みはじめてすぐは「一気に古典っぽくなったな……! 漢文っぽい」だったのに、読み進めていくうちに「いや、新しい文章だった」に変わっていきました。それに難しいことばが多いのにハマったのかするする読める。おもしろい……! あっという間に読みおわったぞ! と。

雨と水の描写がすごくすきです。あとそれにまつわる音。擬音語がたのしい。そして、その水の向こうにある非現実にわくわくしました。日常のちょっとした曲がり角にひそんでる不思議なもの、というのがとてもすきなのでこれがハマったのかなあといま書きながら気づきました。

 

それから、ない文学史の知識を振り絞って、

  • 言文一致
  • 自然な文章のなかに溶け込む漢文
  • でも一文がめっちゃ長かったりする(まだ朗読の文学)

やだ! すごい文学史の境目を感じるおもしろい!! ってひとりではしゃいでいました。

 

露伴先生の作品ももっと読みたい。『五重塔』すらよんだことがないのでここくらいは押さえておきたい。潜書はしてたのに読んでないなんて……! でもとりあえずは第3回読書会の課題、芥川龍之介『皺』に手を伸ばしたいとおもいます。芥川作品はさすがに何作か読んだことあるゾ。よし。

 

ryudo.hatenablog.jp

 

全ての音声がザアザアという音になる

『観画談』幸田露伴

2017年1月7日読了

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なつめせんせいとねこ

前記事の最後で触れた、

『吾輩はウツである “作家・夏目漱石”誕生異聞』長尾剛

を読み終わりました。とてもたのしかったです。文アルのせい(おかげ)で正岡子規熱が再燃しそのまま近代文学史にずぶずぶはまっている気がするというか、事実はまっているきょうこのごろです。

 

www.php.co.jp

 

神経衰弱で飼っている猫の声がきこえはじめてしまった夏目金之助先生が文豪 夏目漱石になるまでのひと夏を残された資料や逸話を再構成して描くという趣旨だったようですが、残念ながら夏目先生についてはあまり詳しくはなく。でもそれのおかげでうれしいことに、はじめて知るエピソードばかりでふむふむととてもたのしく読め。時系列のいれかえもあったようで巻末の年表をみてまたふむふむしていました。

とてもおもしろくて、つぎは? 続きが気になるとその年表までせっせと読んでしまいました。なにより登場人物みんながすごくキュートに感じられました。鏡子さん、虎彦くん、虚子さん、先生の教え子たち、夏目先生ももちろんいうことなく。キャラクターを落として上げてっていうのがすごくうまいなあと感じました。癇癪持ちで手まで上げるやっかいな男だな夏目漱石とおもいながらページをめくると、ほんと素直じゃないんだから! となるという。

猫と金之助先生の会話がまたおもしろいんですよね。猫がやっぱり猫だからか洒脱でね。でも、すごくやさしいやつなんですよ。気配り上手でね。猫かわいいよう。いいやつだなあ猫よ。ちょっとネタバレっぽいこというと、猫に関しては最後のシーンで映画『魔女の宅急便』をみて感じたようなすがすがしさと悲しさが襲ってきて…… キキが成長してジジの声がきこえなくなったように、夏目先生にもきこえなくなってしまったんやね…… これでよかったんやね…… さびしい。猫……。

とりあえず、夏目先生周りにも愛が募ったところで、やっとみつけたほんとうの生き方の中で次次とうみだされていった物語にわたしもしっかり触れたいなとおもったのでもりもり読んでいきたいとおもいます。あっちこっちに興味が広がってうれしい悲鳴というかなんというか。パソコンの液晶に向かってマウスをぽちぽちしている時間が惜しくおもえてくるので、文アルが提供してくれたものにはまればはまるほどゲームから手が遠のいていくんじゃ…… といらぬ心配をしたところで終わりたいとおもいます。五重塔イベントはしっかり内装全部もらって露伴先生もお迎えしました。読書会課題の『観画談』も読んだのでなにかしら書きたいです。

 

図書カード:吾輩は猫である

夏目漱石 吾輩は猫である

 

『吾輩はウツである “作家・夏目漱石”誕生異聞』長尾剛

2017年1月12日読了

のぼさん

『ノボさん 小説正岡子規夏目漱石伊集院静

を年末年始とたのしく読んでいました。

 

bookclub.kodansha.co.jp

 

歴史上の人物ですきなひとをあげて、といわれれば

と三本指を折ります。自分でも傾向がわからないのですが、けっこう長らくすきなのでこうおもい至るたびにすきなんだなあと感じます。

社会科がすきだった小学4年生のわたしは来年から歴史の授業がはじまるということでなにをおもったか「図書館にある伝記をそれまでに全部読もう」と片っ端から借りていっていました。そこで惚れ込んだのが坂本龍馬杉原千畝。このせいで大学に行ってまで国際政治を勉強することになったのですがまあそれは置いておいて、そのふたりに遅れて中学校の国語の教科書で作品に触れてすきになったのが正岡子規、ノボさんでした。

 

そんな『ノボさん』の文字が表紙に踊る上下巻に分かれている文庫本を書店の平台でみつけ、手にとったのはちょうど去年のいまごろのような気がします。「ノボさんが主役の小説があるぞ!」「伊集院静さんってよく聞くのだけれど読んだことがなかったなあ。たのしみだなあ」とほくほく連れ帰ってからまるまる1年経ちようやく読了です。

前記事でも触れた文豪とアルケミスト関連で、「正岡子規という(本人や関係者の著書や『ノボさん』のような創作物を通しての)キャラクターがすきなひとはノボさんが元気にべーすぼーるをしていればそれでしあわせ」といようなつぶやきをみたのですが本作前半を読みながら本当に「それな!」という感じでした。(だから野球青年な正岡子規をうっかりみてしまい文アルをはじめ、『月に吠えらんねえ』でけして「死なない」シキさんの登場に頭を抱えてよろこぶわけなんですよね。このこともいつか書きたいなあ)

 

とりあえず読んでの感想は、ノボさんへのすきが募った感じとなりました。本編中でも「ひとたらし」といわれたノボさんにまんまとたらしこまれました。青空の下で白球を追うノボさんがなによりもまぶしい。

歴史ものなのにすごく読みやすい……! と感動した文章もあいまってあっという間にに読んでしまったので、35年を疾走したノボさんの人生がほんとうにあっという間で「わたしも30代前半までにやったぞ! とおもえることができたらなあ」という小中学生のころの野望がひさしぶりにむっくりと頭をもたげました。こうやって小説なんか出会う人生は脚色や創作、作者の力もあるのしょうがやっぱりすごく濃密でグッと、グッと(語彙)

ノボさんが力一杯いとおしいのはもちろんなんですが、題名にも名を連ねる正岡子規の畏友 夏目金之助くんこと若かりし夏目漱石の描かれかたがとてもすきでした。ふたりの出会いから親交を深めていくのを親戚のおばさんのようなきもちで見守っていました。手紙のやりとりをみるたびに、夏目漱石は溜まってくるとまとめて燃やしていたけれど、記録魔正岡子規は出したのも受け取ったのもすべてかきとめていたっていう逸話をおもいだしてなんだかにやりとしてしまいました。岩波さんからでてる書簡集読みたいなあと強くおもう。

漱石・子規往復書簡集 - 岩波書店

 

そんな夏目くんの『こころ』の版元でもあった岩波さんの創業者岩波茂雄さんもでている本に図書館で出会って読みはじめました。おもしろいです。

www.php.co.jp

 

2016年は夏目漱石没後100年でしたが、今年は正岡子規夏目漱石ともに生誕100年(露伴も紅葉も外骨も緑雨も! 豪華だな)!! 元旦の朝日新聞にはノボさんの特集記事がありよろこびました。それに、ノボさんは記念展も全国をまわるらしいのでたのしみでしかたがありません。忘れずにみにいきたい。

 

 

『ノボさん 小説正岡子規夏目漱石』 伊集院静

上巻2016年12月28日読了

下巻2017年1月3日読了

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