ryudo

近現代史がすきなミーハー

ひな

文アル読書会さんはすごくすてきな企画だなあと、『新世帯』を読んで以降全然参加できてないやないか! と読書会さんのツイプロに載っている過去の開催歴をみながらおもっていたら第3回の『雛』は開催当時読んだのでは? あれ? どこにも感想を書いてないぞ? となったのであらためて読み返しながら、ブログの編集画面に向かっています。

と、いうことで芥川龍之介著『』を読みました。ちなみにうちの図書館には芥川さんいません。ぜんぜんきません。

 

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 これは或老女の話である。
と伝聞形式で語られるひとつの家族と雛人形のお話でした。きれいな女性のことばで語られるその生活や想いがすごく自然で、土蔵のなかで明かりとひとの影がゆらゆらと揺れているのがみえるようでした。
新しい文化や価値観が怒涛のように押し寄せた時代。桐箱に入れられ大切に継がれ、はなやかに節句を飾ってきた雛は、どこかに売られぞんざいに扱われてしまうのかもしれない。ぼんやりと行灯が照らしていた土蔵のなかは、ランプによって眩しすぎるくらいの光に満たされる。
歴史を勉強していく中で、日本はあたらしいものを受け入れるのがうまい国だなと感じていました。受け入れて、ローカライズしてみたり、いままで自分たちがもっていたものとミックスしてみたりしたり。でもその中で、やはり葛藤もあれば、時代に取り残されてしまうものも確実に存在しているし、そのことがなんとも寂しいものでもあるんだなあ。そんなことを、読みながらつらつらと考えてしまいました。
これが書かれた大正12年(1923年)は、大政奉還から60年近くあと。日本はその半世紀の間に急速に近代化し、日清戦争日露戦争で他国との大きな戦争を経験しました。そんな時代の大きな転換点に揺れる国を、ひとつの家族というちいさな単位に置き換えられ身近なものとして描かれたお話しなのかなと感じました。そして、この話を書くことで、芥川龍之介がなにを読者と共有したかったのか。最後に添えられた、彼のことばを繰り返し読みながら、おもいをはせてみたり。

 

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『雛』芥川龍之介
2017年1月24日読了