ryudo

近現代史がすきなミーハー

しせい

年明けに友人といっしょに芦屋の高浜虚子記念館と谷崎潤一郎記念館にいく約束をしたので、これを機に谷崎さん読むぞ! とおもったらよいタイミングで文アル読書会さんの課題図書に『刺青』が、ということで読みました。

勝手に中~長編だとおもっていたのですが、短い作品だったんですね。谷崎潤一郎作品という先入観とは裏腹にするっと読めてしまいました。


いやあもう、墨をいれる描写がなまめかしいったらないですね。「娘」が最後「女」になってるのにうわあってなりました。いい意味で。

耽美主義ときたら、まっさきに名前があがるのも納得。オスカーワイルドのドリアングレイを読んだときは、若さや、美しさという無形ではかないものに対する執念みたいな人間的なものが、とてもきれいなものを描くことを通してあらわされているのがおもしろくてヒャーってなったのですが、今回はまた違った印象。

きれいなものはものすごくきれいだし、神秘的で遠いもの。手は触れれるけれど、掴むことはできない。それを愛でる側の人間は、その美しさを高めるために身をささげることしかできない。そして、それがなによりも幸福である、みたいな。

 

これを書きながら絶賛『卍』を読んでいるのですが、これがまたすごいなあ。すごいおもしろい。でも、谷崎潤一郎の名前に付随しているイメージとしてはこれこれってなっていたりも。とてもおもしろいです。

 

 
2017年11月21日読了
『刺青』谷崎潤一朗